NPO法人東大駒場保育の会
東大駒場地区保育所
子ども時代を子どもらしく
はじめに
育児書をひもとけば "必要なしつけ" が延々と書き綴られ、雑誌では "早期教育の重要性" がうたわれ、おもちゃ売り場には "知能を育てる玩具" が山積みにされ…。情報過多の現代、子育てはだんだん複雑になってきている気がしてなりません。
けれど、子どもの健やかな成長に不可欠な要素というのはもっとシンプルなことではないでしょうか。自然の中で友達と楽しく遊ぶこと、おいしいご飯を食べること、たくさん体を動かすこと。どれもごく当たり前のことですが、現在はこんな当たり前のことが、かえって見失われている気がします。
以下に紹介する東京大学駒場地区保育所の保育方法を通して、子どもの成長に真に必要なものは何か、共に考えていただければと思います。
1 水・砂・泥で思いきり遊ぶ
私達の保育所では、水砂泥と関わる機会を多く取り入れています。ハイハイの頃は夏などベランダで、水の入った器を置いて遊ばせます。手を入れて、バシャバシャ水しぶきを上げて遊びます。おすわりやたっちができるようになると、水道の蛇口の前で、流れる水に手をつけて、飽きることなく遊びます。
大きい子達の遊びとなるとダイナミックで、山を作り、トンネルを掘り、川を作ります。川が大きくなると、そこへべビーバスを浮かべたり、砂団子を投げたり、そのうち自分達も入って、しゃがみこんだり寝転んだりして、全身泥だらけになっています。「面白かったね。明日またやろうね」と言いながら、泥に染まったシャツやパンツを脱ぐ子ども達の顔は生き生きとしています。0歳でも6歳でも年齢には関係なく、子どもはみんな、水や砂や泥で遊ぶのが、楽しくてしょうがないのです。
何がそんなに面白いのでしょう。それは、水・砂・泥などが、自分の働きかけによって様々に形を変えるものだから。自分がしたいようにすれば良いのだから、思い切り気持ちを解放して楽しむことが出来るのです。子ども時代は、人格形成の基礎となる時期。そんな時に、大人の目を気にしたり、指示されて何かをするのでなく、うんと気持ちを解放させ、自分のしたいように遊ぶことはとても大切なことなのです。そんな経験がしっかりした自我や揺ぎない自信をつけてくれるのではないでしょうか。
2 緊張を解き、しなやかな体をつくる
本来、子どもの体はしなやかなもの。ところが最近、体が緊張している子どもが増えています。大人でも、同じ姿勢をつづけると肩がこったりするものですが、子どもも、ベビーベッドなどの狭い場所で過ごしたりすると、体が緊張します。また、夜型とか不規則な生活を送ったり、風邪気味など体調の悪いときも、やはり筋肉がこわばり、体のしなやかさが失われます。
体が緊張していると、転びやすかったり、転んだとき上手に体をかばえず、怪我をしやすくなります。また寝つきが悪いのも、体の緊張が解けないためのことも多いのです。そういうわけで私達の保育所では、子どもたちの体を柔軟に保つことに注意を払っています。そのために行っているのが「ロールマット」と呼ばれるマッサージと「リズム」と呼ばれる体操です。
[ロールマット]
ロールマットで必要なのは丸めたマット。その上でうつ伏せまたは仰向けにすると、子どもの体が大きく弓なりに伸びます。肩は脱力しているか,脚は左右とも伸びているかなど、子どもの体を良く観察しながら,緊張している部分をやさしくさすったり、左右に軽く揺さぶったりして脱力させるだけでよいのです。終わったら手のひらを十分開いて手を床につかせ、頭を下にでんぐり返しの要領で下ろします。これは「パラシュート反射」といって、転んだときなどに大きな怪我をしないため身を守る動作に結びつきます。
[リズム]
リズムというと、音楽に合わせての遊戯を想像されるかもしれませんが、少し違います。動物は、魚類、両生類、爬虫類、哺乳類という進化を経てヒトにたどりつきました。ヒトは胎内でこの過程をなぞると言われます。リズムは、進化の各段階での動物の基本動作を人体で表現する体操です。
たとえば両生類。これは四つ足でハイハイをする前の段階のハイハイです。イモリや山椒魚のように、胸を床につけ、足の親指で床を蹴って前進します。最初はどうしても胸が浮いてしまうのですが、肩を軽く押さえてあげるとやりやすくなります。
3 やりたい気持ちを大切に育てる
子どもの意欲を育てることが大切とはよく言われることですが、実際にどうすれば意欲が育つかと言うと、これはなかなか難しい問題です。
私達の保育所では、子どもの自主性を大切にすることが、意欲を育てることにつながると考えています。自主性とは自分で考えて判断し行動すること。大人の側からの「…しなさい」や、「…してはいけません」ばかりだと、子どもが自分で考える余地がなくなってしまいます。「ダメよ」という言葉をなるべく使わない。自分で考えるよう導く。この2点が私達保育者が気をつけていることです。
たとえば一歳児、道草散歩の時期です。虫を見つけては立ち止まり、穴を見つけては棒を差し込んだり、葉っぱや花を摘み取ったり、子どもの気の向くままに付き合いながらの散歩です。大人の思い通りにはなかなか動いてくれません。道の真ん中でだだをこねることもしょっちゅうですが、落ち着くまで待ってみたり、「こっち」と「あっち」どっちがいいと、自分で選択させてみると、ぐずるのをやめて元気に歩き出すことも多いものです。思い通りにならないと駄々をこねるのも、自我が目覚めてきた証拠。大人の側もイライラしたり叱ったりせず、子どもに合わせ、じっくりつき合っていきたいものです。
仲間の中で育つことも、意欲を育てる上では欠かせない要素です。いつも一人で遊んでいる子は、どうしても遊びが決まったパターンになってしまいがち。これが、数人の子どもが集まると、お互いに刺激され、興味がどんどん膨らんでいくのです。知らない遊びを友達がしているのを見ると、たとえ0歳児でも、強い興味を示すものです。そんなとき、「ぼくが」「わたしが」と積極的に仲間に入ろうとする子、じっと見ているだけの子と、子どもたちの反応はさまざまです。が、それもその子の個性。すぐに参加しなくても、見ているだけでその子の心の中には”やる気”は育っているのです。おとなしいタイプの子に「やってごらんよ」と無理強いせず、仲間と接する中で、自然に「やってみたい」という気持ちが芽生えるのを待つことも大事なのではないでしょうか。
4 本物の味覚の獲得をめざして
[給食]
健康な体を作るため、また、本物の味覚を獲得するために、給食では次のような点に気をつけています。
*和食を中心として、野菜、豆、魚を多くとりいれる
*植物性蛋白質や海藻類は多めに取る
*旬のものをできるだけ取り入れる
*化学調味料を使わず、天然のだし(いりこ、花かつお、こぶ)を使う
*白米、白砂糖、精製塩は使わず、玄米か3~7分づき、三温糖、天塩を使う
*材料の持ち味を大切に、薄味を心がける
*加工品はなるべく使用を控え、手作りをモットーとする
*食品添加物や着色料、防腐剤等に気をつける
メニューの一例をあげると、味噌汁・ごはん・大豆とひじきの煮物・根菜のそぼろあんかけといった具合。バランスを考えながら、肉の日、魚の日など1週間の献立を作っています。
[おやつ]
おやつは市販品は一切使わずすべて手作り。といっても簡単なものばかり。たとえば、ある日のおやつメニューは、棒にんじん、ブロッコリーの塩茹で、マカロニのきな粉合え、くだものです。おやつも大切な栄養補給の時間。4度目の食事のつもりで、栄養のバランスを考えることが大切なのです。
構内の散歩で見つけた柏の葉、ヨモギ、柿などをあしらうとおやつに季節感が出ます。夏には野イチゴを採ってきてジャムを作ります。自分の手で集めた自然の恵みがおいしいおやつに変身する…。こんな体験が、子ども達にはひときわ心に残るようです。
[食器]
食器はプラスチック製のものではなく、瀬戸物を使用しています。これは手や口に触れたときの快い感触を大切にしたいから。割ってしまうのではと心配なさるお母さんもいらっしゃいますが、食器を大切に扱う習慣を身につけるためにも、小さいうちから瀬戸物に慣れさせたほうがいいようです。
5 自然に触れて
子ども達の一番すごいところは、何かに心から感動できることです。その豊かな感性を健やかに育て、人間らしい心を育んでくれるもの…。それは太陽や土、緑、水、つまり自然なのだと私達は考えています。
私達の保育所では、寒い冬でも、毎日散歩に出かけます。大きい子は遠くの公園まで足を伸ばすこともありますし、小さい子は大学の構内を散歩します。まだハイハイを始めていない赤ちゃんでも、園舎では外気浴や日光浴、原っぱではひなたぼっこをしたり。ハイハイを始めた子なら、土の斜面をハイハイで登って遊びます。
子どもはみんな散歩が大好きです。「散歩に行く?」の一言であわてて靴を」はき始めるものです。たとえ部屋中がおもちゃに溢れかえっていてもです。外で遊んだ方がどんな立派なおもちゃより、もっとおもしろいもの、もっと楽しいものがたくさん見つけられると知っているからです。散歩の途中で見つける石や棒切れ、どんぐり、虫…。大人の目には何でもないものが、子どもには宝物。人工のおもちゃは、「おもしろそう」と思うことはあっても、自然に触れたときの、「わあ、すごい!」という感動や、「これはなんだろう?」という好奇心を呼び覚ましてくれません。
駒場の子たちの散歩は自然の贈り物に存分に触れながら四季を味わうことのできる、今ではほんとうに贅沢な散歩です。春は紫大根の花、たんぽぽ、れんげなどを摘んで冠や首飾りにしたり、野いちご、桑の実を摘んで園に持ち帰りジャムを作ったり、イタドリの茎をかじりながら歩いたり。夏にはビワの実をもぎ取って味わい、虫を追いかけるのに夢中になり、セミのぬけがらでブローチを作ることも。秋には銀杏拾い、どんぐりのこま作り、落ち葉でのおままごと、焼き芋など。冬には水溜りの水を見つけ、冷たさを感じ、霜柱を見つけると、踏みしめて音や感触を楽しみます。五感をフルに使って自然と触れ合っているのです。
春風の吹く中で、「あったかいね。気持ちいいよ」。空を見上げて、「わー、あおーい。いっぱいだねー<広いね>」。夕焼けの空を見つめて、「きれいだね。真っ赤だよ」…。そんな子どもたちの声が、豊かな心が育っていることを実感させてくれます。夏は冷房、冬は暖房、「快適」な室内での家遊び。そんな子が多い現今ですが、そこからは、「わー、すごいねえ!」、「きれいだね」、「気持ちいいねえ」といった感動の声は、聞こえてこないのではないでしょうか。